この文章を読んでいるあなたは、ジュゴンと聞いてピンとくるだろうか。
もしかしたら、あの国際的にも有名な「ポケット・モンスター」の水・氷系ポケモンである「ジュゴン」や、人気漫画「ONE PIECE」アラバスタ王国編において、大河サンドラ川で主人公たちを助けた「クンフージュゴン」の姿を思い浮かべている方もいるかもしれない。これらのキャラクターは非常に魅力的で私の推しキャラでもある。しかし、もしあなたがジュゴンと聞いてこれらのキャラクターを連想していたとしたら、ちょっと待ってほしい。「その造詣は生き物のジュゴンとはかなり異なっていてね、あのね、実際はね…(以下略)」と伝えたくて、私はムズムズしてしまう。地球上に様々な生物がいる中でジュゴンが特別な生物だとは思っていないが、私の24年来の「推し生物」なので、魅力を伝えたくて熱が入ってしまうことをご勘弁いただきたい。
さて、生物種としてのジュゴンは、太平洋やインド洋の熱帯・亜熱帯といった、あたたかい海に生息する海生哺乳類である。寒いところでは生息できないし、川にもいない。生き物としてのジュゴンを知っていると思っている方も、もしかしたら、思い浮かべているその生き物は別の生き物かもしれない。私の経験では、ジュゴンはマナティー類やクジラ類のシロイルカ、スナメリと混同されることが多い。写真を並べて比較してみよう。
確かに、アメリカマナティーもシロイルカもスナメリも、背びれが無いし吻(ふん)も長くないという見た目はジュゴンと共通している。絵心のない私がスケッチしたら、どれも同じようなイラストになってしまうだろう。この3種の中で、一番ジュゴンに近縁なのはどの種なのか。答えは、アメリカマナティーである。アメリカマナティー含むマナティー類は、生物分類学上はジュゴンと同じ海牛目に属し、進化の系統からいえば最もジュゴンに近しい。しかし、分布域がまったく異なっており、マナティー類はアマゾン、アフリカ、アメリカの淡水域や沿岸域に生息する(アマゾンマナティーは淡水域のみ)。一方、ジュゴンは一生を海で生活する。海牛目とシロイルカやスナメリ含むクジラ目とでは進化の道筋が大きく異なる。最も近縁な陸上哺乳類は何か、という点から説明すると、クジラ類はカバに近いが、ジュゴンはゾウに近い。このあたりのことはマニアックに掘り下げていくととてもおもしろいのだが、書き始めるとキリがないので、別の機会にしたい。
また、特筆すべきこととして、クジラ目には魚やエビ・カニなどを餌とする肉食性のもの、プランクトン食のものもいるが、海牛目は草食性である。マナティー類は水面に浮かんだ水草も食べるが、ジュゴンは水深が数mから十数mの砂地に浅く根をはって花を咲かせる、種子植物の海草を食べる(海草(うみくさ)は海藻とは別物である)。上唇を上手に使ってむしりとるように食べすすむ。だから、海底にジュゴンの顔の幅の食み跡(はみあと)が、ナスカの地上絵のような筋になって残る。
海草類は光合成する必要があるため浅い海に分布していて、それに伴ってジュゴンの行動圏はクジラ目と比べて比較的沿岸に近接している(クジラ目でも河川に生息するカワイルカの例もあるのでその限りではないが)。古来から、ジュゴンは海を生活の場とする諸民族によって食用やそのほかの目的のために利用されてきた。
現在、ジュゴンの生息数は大きく減少しており、絶滅が危惧されている。国際自然保護連合(IUCN )のレッドリストでは危急種(VU)となっている(Marsh and Sobtzick 2015)。推定される個体数は約 10万頭、このうちオーストラリアに約 8万頭、その他の地域で約2万頭とされている(Marsh et al. 2002)。ジュゴンの分布の北限は日本の琉球列島だが、その生息数はきわめて少なく、大変残念である。
参考文献:
Marsh, H. and Sobtzick,S. 2015. Dugong dugon. The IUCN Red List of Threatened Species 2015: e.T6909A43792211. https://www.iucnredlist.org/species/pdf/12812709/attachment
Marsh, H. et al. compiled 2002 Dugong Status Report and Action Plans for Countries and Territories UNEP/DEWA/RS.02-1.https://www.iucn.org/content/dugong-status-reports-and-action-plans-countries-and-territories