『ジュゴンとマナティー』読書記録 no.1 ジュゴンの名称の由来/第10章 沖縄のジュゴン

『ジュゴンとマナティー』読書記録

(トップ写真:海上から眺めた古宇利島 2015年8月12日 阿部朱音 撮影)

今年9月に『ジュゴンとマナティー 海牛類の生態と保全』という本が東京大学出版会から出版された。

原書の読解にとても苦労していたので、日本語で読めるのが大変にありがたい。改めて熟読したいなと思ったことと、また、本書には原書にない「沖縄のジュゴン」(粕谷俊雄・細川太郎著)という章が追加されていることから、読書記録をつけることを思い立った。海辺を歩いた報告をする、というブログのテーマから逸れてしまうが、試みてみたいと思う。

今日取り上げる10章「沖縄のジュゴン」は6節からなる。目次は以下の通りだ。

  • 10.1 ジュゴンの名称の由来
  • 10.2 日本の人魚とジュゴンの関係
  • 10.3 沖縄の人々とジュゴン漁
  • 10.4 南西諸島個体群の動向
  • 10.5 日常生活
  • 10.6 日本のジュゴン保護

今日は、10.1を取り上げる。

■10.1 ジュゴンの名称の由来

概要:

現生の海牛目Sireniaが科学的に認識されたのはいつか、という問いから始まる。

次いで、沖縄における名称の事例が紹介されている。

そしてジュゴンにdugonという名称が最初に使われたのはビュフォン(1765)の『動物誌』であるという説を紹介し、そこからいかに日本に取り入れられたかという流れが説明される。

疑問・感想:

①ヨーロッパ人のジュゴンとの遭遇がいつであったかに関しては、具体的な記述がなかった。大航海時代のマナティ属との遭遇例まで時を待たずとも、ヨーロッパ人は紅海やペルシャ湾周辺でジュゴンと遭遇していたのではないだろうか。オスマン帝国の勢力下においてあまり遭遇する機会がなかったのだろうか。
第1章の1.3 「ヒトと海牛類の相互作用」より”中東ではジュゴン漁は少なくとも6000年の歴史がある(p.10)”とのこと。また、”紀元前20-6世紀ごろのメソポタミアにはdaganと呼ばれる半身半魚の神があった(p.397)”との記述もある。
それだけ関係性が深ければ大航海時代以前にもヨーロッパ人もジュゴンの存在を知っていてもおかしくないような気がする。記録が残っていないということなのだろう。

Dugong dugonの日本名の呼称には少なくとも3つの流れがあるという説明がわかりやすかった。と同時に、「ヨナマタあるいはヨナイマタ」(原文ママ)という言葉がジュゴンを表すケースについてもっと知りたい。

③ウシザン、ウマザンの名称は聞いたことがあったものの、その名称がどのような違いを指し示しているのか知らなかったので、聞き取り調査による推測が興味深かった(細川氏未発表資料による記述なので、詳細は掲載しない)。


さらに調べたいこと:

①ヨーロッパの人魚伝説の検討
紀元前20-6世紀ごろのメソポタミアの半身半魚の神daganは、後のヨーロッパの人魚伝説とどのような関係があるのか(この疑問は筆者らにより本文中で言及されている)。

②ザン・ザンノイオ及びdaganがマレー語のduyungに由来すると言語学的に検証できないか
これに限らず、オーストロネシア語族の歴史言語学の文献(Blust and Tussel 2013)と照らして、各地のジュゴン名称の由来を検討してみたい。
– Blust, R. and Trussel, S. 2013 The Austronesian Comparative Dictionary: A Work in Progress. Oceanic Linguistics 52(2): 493-523.

③ヨナタマあるいはヨナイタマがジュゴンを表すケースについて整理
「ヨナタマ」あるいは「ヨナイタマ」という名称は、「ザン」、「海馬」、「儒艮」といった名称とかなり違う意味の込められた名称であることが推測できる。沖縄の人とジュゴンとの関わりを考える上で、ひとつのキーワードになるのではないか。掘り下げて調べてみたい。
ひとまず、現時点で手元にある文献をまとめる。高良らの報告書では、津波の原因が「物言う魚」を捕食することであるとする伝承の例が挙げられている。その例のひとつとして、本報告書では「ヨナタマ」という「物言う魚」が津波を呼んだという伊良部島の伝承を紹介しているのだが、形態の描写からジュゴンを指すのではないかと判断している。また、柳田(1989(1932))を引用して、この「ヨナタマ」は海霊(海神)を意味するのではないかとしている。また、『いらぶの民話』所収の「第182話 ヨナイタマと通り池」の注では、「ヨナイタマ」とは人魚(ジュゴン)である、としている。おそらく話者がそのように語ったのだろう。この話者はヨナイタマを龍宮の神様に呼ばれ海に帰る(津波によって)ものとして表現している。
– 高良倉吉ら「沖縄の災害情報に関する歴史文献を主体とした総合的研究」『科学研究費補助金(基盤研究(B))研究成果報告書, 平成17年度~平成19年度)』、2008、pp.49-58。
http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/bitstream/20.500.12000/8987/6/17320100-5.pdf
– 柳田国男「物言う魚」『柳田国男全集6』、ちくま文庫、1989(1932)
– 遠藤庄治編『いらぶの民話』、伊良部町、1989。

④オモロ・古謡におけるジュゴンの用例を俯瞰し、表現・役割などを検討・分析することを目的とした論文
– 大竹有子「南島歌謡における動物の表現 : ジュゴンを中心として」『沖縄芸術の科学 : 沖縄県立芸術大学附属研究所紀要 』沖縄県立芸術大学附属研究所、2019、pp.77-102。http://www.ken.okigei.ac.jp/_userdata/2019_bulletin/05_yuko-ootake.pdf
※ 歌謡を通して、ジュゴンの文化的位置と動物の表現・役割付けについて確認し、ほかの動物の表現と比較して検討することを試みている。


以上である。

自分の論文でも若干取り扱ったテーマだっただけに大変興味深かった。今後も読み進めていきたい。

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