今日も10章「沖縄のジュゴン」を取り上げる。前回の繰り返しになるが、目次を再掲する。
- 10.1 ジュゴンの名称の由来
- 10.2 日本の人魚とジュゴンの関係
- 10.3 沖縄の人々とジュゴン漁
- 10.4 南西諸島個体群の動向
- 10.5 日常生活
- 10.6 日本のジュゴン保護
今日は、10.2を取り上げる。
■10.2 日本の人魚とジュゴンの関係
概要:
「日本における人魚」についての多数の論考をもとにしたレビューである。はじめに、それらの論考から、広い意味での「日本の人魚」の中から、ジュゴンとの接点になりうる部分を拾い上げつつ、沖縄のケースを重点的にまとめている。次に、日本における「いわゆる人魚の出現記録」39例をある論考から引いて、それらの地理的分布がジュゴンの実際の生息域と重ならないことを述べている。最後にまとめとして、ジュゴンの生息域から離れた九州以北の日本人が「なにか」を見て、それを「人魚」とみなした事例があるのは確かであるが、それがジュゴンであったとは考え難いと結論づけている。と同時に、ジュゴンの生息域である沖縄においても、「人魚」の話とジュゴンとをはっきり結びつけることはできないとしている。
疑問・感想:
①沖縄の人魚とジュゴンの関係を述べた箇所で、八重山の住民が語った「人魚」の伝承例が3つ紹介されていた。そのうちの2つにおいて、魚釣りをしていた漁師が人魚を「釣り上げ」ていた。しかし、それが現地の「ザン」あるいは「海馬」に相当するとは述べていないとのことだ。なお、参考として本文では、実際に夜間の投げ釣りの針にジュゴンがかかった事例があることが併せて紹介されていた。
成体では重さ300kgほどにもなるジュゴンを実際に釣り上げることは不可能だろうが、ジュゴンが釣り針にかかったことがあることを初めて知り、興味深かった。
実際に八重山の人々がジュゴンと遭遇するパターンは、浜辺に打ち上げられたところか(生死を問わず)、網にかかったところ、呼吸時に浮上してきたところが多かっただろうと想像する(潜水による追い込み漁をしていたら、海中での遭遇もありえたかもしれない)。採録された人魚の話の「釣れた」という表現に、これはジュゴンではない別の生き物だった可能性もあるのではないか、との印象を抱いた。
②「いわゆる人魚の出現記録」が、「ジュゴンの出現が期待される地理的範囲を避けているかの感がある」と筆者らは述べている。その通りで異論はない。
ここで私が気になったのは、いわば人魚(の肉の効能)を体現した八百比丘尼の伝説がどのような地理的範囲で広まっていて、その場合の人魚(の肉)は実際のジュゴンと結びつくのか、ということだ。
③本節で筆者らは、ジュゴンの姿から美しい女性を連想することはむずかしいという説に賛成している。では仮に、いったい何をジュゴンから連想したら人魚になりうるのか。
私はジュゴンの紡錘体のまるみを帯びた姿から豊穣、ひいては母性(身籠るということ)を連想できるのではないかと考えている。母性を持った女性(美しくても美しくなくてもかまわない)がなんらかの理由で人間の世界を離れて海でくらすようになり、ジュゴンとなったという民話は珍しくない(例:タイ・タリボン島の民話にも通ずる)。「鶏が先か卵が先か」という話にはなってしまうのだが、例えばジュゴンから連想された母性が人間の女性と結びつき、人間の女性に海のイメージが付加され、人間の女性が海にくらす手段としてジュゴンに変身し、またその女性が変身したジュゴン姿から母性が連想され……。という連想のループのなかで、ジュゴンでも人間の女性でもない、人魚が育まれたのではないだろうか。
さらに調べたいこと:
① 疑問・感想②の発展
日本の人魚とジュゴンの関係に八百比丘尼伝説がどのように関わってくるのか。
手元にたまたまあった民俗学者の宮田登著『宮田登 日本を語る14 海と山の民俗』(2007、吉川弘文館)収録のシンポジウム講演録を読むと、宮田氏は南島(琉球列島)のヨナタマという海神信仰にまず着目しており、この信仰が、日本海沿岸で中世以後に発達した八百比丘尼の伝説における、人魚に類したジュゴンの漂着の伝説を残したとのこと。その伝説の分布を見ると、「太平洋沿岸よりも北の方に広まっている」とする。さらにジュゴンと並んでクジラやイルカといった海の動物たちが海流にのって北上していく中で(南島からやってくる聖なる魚という観念に連なっている)、特に人魚の存在が大きくなって、伝説化しているということに関心がある、と述べている(宮田登 2007)。
宮田氏の考える八百比丘尼とジュゴンとの結びつきを文献によって裏付けられないか。
長寿、不死というものとジュゴンがどう関わるのかを知りたい。
②疑問・感想③の発展
母性とは何か、母性はジュゴンと結びつくか、母性はヨーロッパ(あるいは沖縄、タイなど)の人魚伝説と関連するか、ヨーロッパ(あるいは沖縄、タイなど)の人魚伝説はジュゴンと母性によって結びつくか。すでに人魚伝説関連の先行研究は豊富にあるので、すでに検証されていることかもしれない。それも含めて調べたい。
以上である。
多数引用されていた書籍や論文をまず手がかりとして調べていきたい。
なお、本書『ジュゴンとマナティー 海牛類の生態と保全』の詳しい書籍情報は以下の東京大学出版会Twiitter内 にあるリンクから取得できる。
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