ジュゴンになった妻

タイ

タリボン島には、ジュゴンがかつては人間の女性だったというお話が伝わっている。今日はそのお話を紹介したい。

このお話では、タイ語でヤー・チャンガウ(หญ้าชะเงา:Enhalus acoroides)、日本ではウミショウブと呼ばれる大型の海草(うみくさ)の実が鍵となる。読み手のみなさまにイメージしてもらいやすいように、先にこのウミショウブについて説明しておく。

ウミショウブは細長くて、平たい、固い葉を持った海草で、葉の長さ1mほどにまで成長する大型の種だ。藻類である海藻と違って種子植物なので、花を咲かせ実をつくる。下の図の丸枠内、左側に描かれている三角形状のものが実である。

ウミショウブの写真と図
(タイ天然資源・環境省(DMCR)サイトhttps://www.dmcr.go.th/detailAll/24129/nws/141より)

私にこのお話を語ってくれたのは、タリボン島生まれのKさんという女性(62才:当時)だ。

「昔々あるところに、赤子を宿した女性がいた。彼女は毎日夫に、ウミショウブの実が食べたいとねだった。そこで夫は毎日漁が終わったあと、妻のためにウミショウブの実を集めた。しかし、ある日のこと、夫は漁から帰るのが大変遅くなってしまった。妻はお腹が減って待ちきれなくなり、自分でウミショウブの実を集めに行った。浅瀬でウミショウブの実を食べはじめた妻はいつしか夢中になっていた。妻は潮が満ちるのをすっかり忘れており、気づいた時にはもうすでに時遅し、海に沈んでしまった。

夫は妻を探し回ったが見つけられなかった。そんなある日、彼は妻が出てくる夢を見た。その夢で妻は次のように語ったという。「今、私はジュゴンとなりました。赤ちゃんもジュゴンとして生まれました。どうかあなた、心配しないで。私は毎日ウミショウブの実を食べることができて、幸せなの。」
(2018/10/3 録音、現地通訳による英訳を意訳)

くるぶしほどまで潮が引いた状態の時のウミショウブ(2018/1/16 撮影)

この話では、夢でジュゴンになったことが告げられているが、確実にジュゴンになった、という話を収録している論文もある(Adulyanukosol et al. 2010)。その話はタリボン島から船で約20分のところにある、本土のチャオマイ村で採録したとのことだ。構造としてはKさんの話とほぼ同じだが、妻がウミショウブの実を所望した理由が述べられていて、「つわりに苦しんでいて何かちょっと変わったものを食べたかったから」とされていた。Adulyanukosol et al.(2010)によると、かつて海辺の人びとはウミショウブの実をスナックとして食べていたという。味はよく、カリカリとしていて、ナッツのような風味だそうだ。現代においてはスナックになるものがたくさんあるので、若い人びとはめったに味見することはないという。ちなみに私は食べてみたことがないので、ぜひ一度口にしてみたいと考えている。

さて、ジュゴンはウミショウブの実が好物なのか。現実には、ジュゴンがウミショウブの実を好んで食べるということは特にはないと言われている。また、葉についても固いせいか、あまり積極的には食べていないようだ。

最後に、まだ整理できていないのだが、他地域の文献を当たってみると類似の話が少なからず見つかる。現時点での印象では、女性がジュゴンになるパターンが多い。また、ジュゴンが妊娠している女性と結びつけられるその背景には、ジュゴンのふっくらと丸みを帯びた形態と関係があるのではないか、などと考えたりしている。

参考文献

Kanjana Adulyanukosol, Ellen Hines and Potchana Boonyanate, Cultural significance of dugong to Thai villagers: Implications for conservation, Proceedings of the 5th International Symposium on SEASTAR2000 and Asian Bio-logging Science (The 9th SEASTAR2000 workshop), pp.43-49, 2010.  https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/107337/1/9thSeastar_43.pd

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