ジュゴンにまつわる歌

タイ

ラウーという、タイの田舎に伝わる歌のジャンルがある。Bさんはタリボン島生まれの62歳(取材時)の女性。ラウーの歌い手として、真っ先に名前の上がる方だ。ラウーは子供時代に近所の大人から教わって覚えたという。いろいろなテーマの歌があるが、「ナムター・プラー ・ドゥヨン(น้ำตาปลาดุหยง)」という古いラウーをMさんに披露していただいた。意味は、ナムター(น้ำตา)が涙、プラー ・ドゥヨン(ปลาดุหยง)がジュゴンで、つまり「ジュゴンの涙」というタイトルである。

Mさんはラウーの歌い手としてテレビ局に取材されることもある(2018/9/24 撮影)
歌「ナムター・プラー ・ドゥヨン(น้ำตาปลาดุหยง)」(2018/9/22 録音)

タイ語の歌詞は以下の通りだ。

 ”บุหงาโอละหนอตันหยง ละหยงไหรละใจหนอ  ยังมีและต้นเหร

 หลบบ้านไม่รอดเสียแล้วเด้  เพราะถูกเดและน้ำตาของปลาละพะยูน

 คดข้าวออกมาตั้งครึ่งหวัก. คิดถึงละคนรัก  น้องนี้กินไม่ลง

 ถูกเดน้ำตาโอ้ละปลาดุหยง  น้องกินข้าวละไม่ลงนั้นสักละคำเดียว”

この歌にはマレー語とタイ語が混ざっている。これについては、最後に述べる。以下は、歌の大意だが、私の意訳であることをご了承いただきたい。

 「花よ、星よ、木よ、私の心よ

  ジュゴンの涙のせいで家に帰ることができなくなってしまった

  かつては食事の用意もしていたのに 今や何も食べることができない。

  ただ、愛しい恋人のことを考えている」

ジュゴンの涙のせいで、とはいったいどういうことか。

この地域にはかつてジュゴン食の文化があり、それとともに、様々な部位がいろいろな用途に用いられてきた(Adulyanukosol et al. 2010)。なかでもジュゴンの涙は惚れ薬として利用されてきた(ジュゴンの目は空気中にさらされると涙腺から涙を分泌する)。意中の人にジュゴンの涙をつけることができたら、その人の心を自分のものにできると考えられていたのだ。60代のバトプテ村の女性が「男性が綿のようなものでジュゴンの涙を拭き取り、小さなボトルに入れるところを子どもの頃に見たことがある」と話していた。ジュゴンが保護されるようになって廃れた文化だが、知識としては継承されている。調査中「ジュゴンに関わる文化的なことを調べている」と言うと、涙=惚れ薬というのがよく挙がった。

さて、先ほどの歌に戻ろう。おそらくこの歌の主人公は、誰かにジュゴンの涙をつけられてしまったのだろう。料理も作れずご飯も食べられず、ひたすらその人のことを考えるほど夢中になってしまったことをあらわしている。ジュゴンの涙、おそろしや。

最後に、マレー語が混ざっている理由について簡単に説明したい。タリボン島は南タイのアンダマン海に浮かぶ島だ。マラッカ海峡の北端に位置し、マレーシアやインドネシアのスマトラ島に近い。

タリボン島の位置を表した地図。マレーシアやインドネシアと近いことがわかる

タリボン島にはマレー方面からの移住があり、それは少なくとも14世紀に遡ると言われている。実際に調査をしていて、ルーツはマレーシアにあると語る村人に出会うことがしばしばあった。今はもうタリボン島にマレー語を話すことのできる村人はほぼいないが、それでもなお、いくつかのマレー語が用いられている。タリボン島のリボンはある種の木をあらわすマレー語だし、バトプテ村もマレー語で白い岩の村の意だ。ちなみに、「ナムター・プラー ・ドゥヨン」のドゥヨンはマレー語のドゥユン(ジュゴンを表す)からきていると考えられる。

ジュゴンの涙を惚れ薬とする文化はマレー方面にもあるのだろうかと調べてみると、マレーシアのサバ州でも同様であることがわかった(Rajamani et al. 2006)。もしかすると東南アジアに広く共通した文化なのかもしれない。時間の都合で調べきれなかったが、今後の課題としたい。

参考文献

Kanjana Adulyanukosol, Ellen Hines and Potchana Boonyanate, Cultural significance of dugong to Thai villagers: Implications for conservation, Proceedings of the 5th International Symposium on SEASTAR2000 and Asian Bio-logging Science (The 9th SEASTAR2000 workshop), pp.43-49, 2010. https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/107337/1/9thSeastar_43.pdf

Leela Rajamani, Annabel S. Cabanban, and Ridzwan Abdul Rahman, Indigenous Use and Trade of Dugong (Dugong dugon) in Sabah, Malaysia, A Journal of the Human Environment : Vol. 35, Issue 5, pp 266- 268, Aug 2006. https://doi.org/10.1579/05-S-093.1

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