空から見たジュゴン

タイ

ジュゴンの個体数を推定する方法のひとつとして、航空機に乗って空からジュゴンを探索しカウントする目視調査がある。タリボン島のあるトラン県では、プーケット海洋生物学センター(PMBC)の海棲哺乳類チームが、毎年3月、この航空機による目視調査を13年にわたりおこなってきた。

2019年3月、私が社会調査でタリボン島に滞在していると、PMBCのスタッフの方が「一度、航空機による目視調査を体験してみますか」と声をかけて下さった。実は、PMBCは私の調査の現地協力機関で、スタッフの方は何くれとなく私のことを気にかけて下さる。スタッフの方からの心躍るお誘いに、一も二もなく即、「参加したいです!」と返答し、空港へ向かった。今日はその時の体験を紹介したい。

■2019年3月2日

PMBCのご厚意で、ジュゴンの航空目視調査を体験させてもらえることになった。前日にタリボン島からトラン空港近くのホテルへと移動する。PMBCのスタッフの方4名と毎回この調査に参加しているというプロカメラマンの方の計5名と合流した。

当日朝、トラン空港へ到着すると、小型の黄色い軽飛行機が私たちを待っていた。

航空目視調査で用いられる軽飛行機(2019/3/2 撮影)

軽飛行機は二人乗りで、写真撮影がしやすいようにドアは外してある。スタッフが交代で乗り込んで調査をおこなう。

出発直前の様子。手前はPMBCスタッフ。パイロットも毎年この調査に参加している熟練者だ(2019/3/2 撮影)

トラン空港からタリボン島までは、直線距離で約32kmほどである。

11時30分、私の番が来て離陸した。天候は晴れ、風もあまり吹いておらず、軽飛行機は危なげなくフワッと地上を離れた。離陸から13分ほどで海に出た。タリボン島の北東部の海域を目指す。PMBCのこれまでの調査で、このエリアの海草藻場に多くのジュゴンが来遊していることがわかっている。

海上に出てさっそくジュゴンを探した。実際の調査ではトランセクト法という調査法に基づいて、決められたルートを飛行しながらジュゴンを探すのだが、私は初心者で戦力外なので、とりあえずジュゴンを探して飛行するプランだ。もし自分がジュゴンを見つけたら、飛行機の進行方向を時計の12時と定めて、「右転回、5時方向」とか「左転回、9時方向」という具合にパイロットの方に指示を出す。すると、パイロットの方もジュゴンを確認して転回してくれる。

ジュゴンを見つけたら記録する。どのように記録するのか。例えば母仔ペアを発見したとしよう。まずGPSのボタンをポチッと押して場所を記録し(001のように番号が振られる)、「〇〇時〇〇分、001、2頭、母仔ペア」というように観察結果を声に出してICレコーダーに録音する。そしてジュゴンの写真を撮る。その間、パイロットの方はぐるぐると旋回して位置をキープしてくれる。記録者である私は、落下しないように首から下げたGPS、ICレコーダー、カメラをあたふたと操作する。不慣れなため、ひとつひとつの操作に時間がかってしまう。特にカメラの扱いには苦労した。ジュゴンの姿をうまく捉えるにはカメラの焦点距離は200mmや240mmくらい必要らしい。望遠で鏡筒が長いので、少しでも身を乗り出してしまうと鏡筒が風にあおられて大変危険なことになる。旋回する機内で窮屈な座席に縮こまりながら慣れないカメラを操作するのは厳しかった。「1枚でもいい、うまく写ってくれ」と連写を繰り返した。何周も旋回してもらっているにもかかわらず、シャッターチャンスを逃すこともしばしばだった。

軽飛行機から撮影したジュゴンと魚(2019/3/2 撮影)

結局、約30分間で10頭以上のジュゴンを観察することができた。GPSの記録に成功したのは7回だ。具体的な場所は以下の図に記した。ジュゴンはたいていは1頭だけで泳いでいたが、なかには母仔ペアもいた。海草を食べているのか、土煙を巻き上げているような様子のものもいた。記録に汲々としながらも、私はとても興奮していた。この地域に約150頭ものジュゴンがいるのは聞いて知っていたものの、社会調査を目的にバトプテ村でホームステイ生活を送っているなかでは、ジュゴンを目にすることはまずない。航空目視調査を体験して、改めて「そうだ、ここはジュゴンの暮らす海なのだ!」ということを認識した。

今回の体験におけるジュゴン発見地点(001~007)

さて、ジュゴンを探索し始めてから25分ほどたった頃、私はすっかり気持ち悪くなっていた。酔ってしまったのだ。旋回に耐えられない。まだガソリンに余裕があったので大変残念だったのだが、パイロットの方にギブアップを伝え、帰路についた。12時26分、着陸。地上に降り立った時はフラフラしていた。しばらく休むうちに、ジュゴンを見ることのできた喜びがふつふつと湧いてきた。

今回の体験で、航空機による目視調査が大変難易度の高い調査だということがわかった。空中からジュゴンを発見できるか、機器を的確に操作することができるか、そして旋回に耐えうる体力があるか。PMBCは可能な限り正確にジュゴンの個体数をカウントするため、精度向上に努めてきたそうだ。ちなみに2018年の調査では、タリボン島周辺海域で177頭を数えたという。

最後に。タリボン島にはジュゴンのお話が伝えられている。また、島のシンボルとしてイラスト化されたり、ジュゴンを目玉とした観光業もあったりと、ジュゴンは現代の村人にとって身近な存在である。ジュゴンがタリボン島の周辺海域に生息していることは、ほとんどの村人が知っている。その一方で、漁業者を除く多くの村人にとって、実際にジュゴンを目にする機会はめったにない。私はたまたま空からジュゴンを見る機会に恵まれたが、村人にもそのような機会があったらいいのに、と感じた。私が「ここはジュゴンの暮らす海なのだ」と再認識したように、彼らにも再発見があるのではないだろうか。しかし、航空機を飛ばすには随分とお金がかかってしまう。そう考えていた矢先、今、タリボン島ではドローンを飛ばしてジュゴンを観察する試みが始まっていると聞いた。それがどのように発展していくのか、いかないのか。人々の心にどのような変化をもたらすのか、もたらさないのか。大変興味がある。

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